学校に行く途中、カーラジオから聞こえてきた曲の一節が、
昔聴いた曲とどこか似ているような気がして。。。
でも、それがなんだったのだろうかと思い出せずに。
そして、図書館で勉強している時にはっと思い出しました。
"Raspberry Dream"。。。だ。。。
家に帰ってくると、早速YoutubeでRebeccaと検索してみる。
なら、ありましたありました。
レベッカ、"Raspberry Dream"
"今夜も月が見てるわ~、。。。"
やべ~~っ!!レベッカ!
中学生の頃か??レベッカすごく好きでした。
いわゆるバンドブームってやつで、友達の間ではBOØWYがとても
人気あったんだけど、僕は女性ボーカルの方が断然好きでした。
中でも、きっと姉ちゃんの影響でRebeccaが好きだった!
Raspberry Dream、Friends、Lonely Butterfly、
あとMAYBE TOMORROWも好き。。。
やべ~、今でも十分かっこいいっ!
中2?3?の頃、友達とWalkmanを買いに日本橋に出かけました。
5個買うからと子供なりに交渉して手に入れた念願の最新Walkman。
真っ黒で、手元のリモコンで操作出来るやつ。
充電がなくなるまで、Rebecca、プリンセスプリンセス、渡辺美里、
ジッタリンジン、パーソンズなどを聴いていました。
きゃはは。。。パーソンズって。。。
パーソンズ聴いてみたい、聴いてみたい!!それでは、Youtubeで。
"Over the rainbow..."
あと、なんと言ってもDEAR FRIENDSですね。
このPV、時代を感じるな~。なんともバブルな感じが素敵!!
なんか今よりぎすぎすしてなくて、自由で、幸せな時代だったのかも
しれませんね。
うわ~っ、モウレツにカラオケ行きたなってきた。
日本帰ったら、パーソンズだ!!
2/16/2009
2/06/2009
セカンド チャンス
今、大学の授業でリサーチプロジェクトを行っている。
今学期は公共分野におけるリサーチの手法について学んでおり、
実際に現実社会の課題を取り上げ、それに関するリサーチプロジェクト
を立ち上げることで、そのスキルを身につけようとするものだ。
アメリカの教育はとても実践的~!
ま、小難しいことはさておき、何についてリサーチしているかというと、
"社会人の再教育"について調べることにした。
(僕は学生の頃から、教育に関心があるので)
ちなみに、プロジェクトはグループ単位で行われ、僕のグループは4人だ。
もちろん、その中では僕が足を引っ張っていることは明らかなので、
グループに少しでも貢献出来るのであれば、パシリでもなんでもさせて
いただきますという姿勢で臨んでいる。
今日は、実際に"社会人教育"を提供しているカレッジにお邪魔して、
生徒の方たちへのインタビューを行った(社会科学的には、フォーカス
グループという手法なのだが、ま、インタビューみたいなもん)。
生徒の方たちは、ほんとうにさまざまな事情を抱えて、この教育を
受けに来ている。
今より給料のいい職業を見つけたい方もいれば、子育てが終わり
新たな道を見つけたいという方もいる。ドラッグ地獄から抜け出し、
なんとかまっとうな道を見つけようとする方、アフリカからの
移民で英語力を身につけようとしている方、それから、子供が
大きくなってきて、その子供に対して少しでも親としての尊厳を
保つために何十年か振りに勉強を始めた方もいる。
こちらの人は、それを包み隠さず話してくれる。僕はそれらの話を
なんて表現すべきなのだろうか?感動?感銘?共感?
とにかく心を動かされながら聞いていた。
。。。
アメリカには教育に関して、大きな問題がある。
1つは教育格差である。例えば、日本の東大のように、アメリカの
エリート校に入学出来る人間は、社会的にも金銭的にも恵まれた
家庭で育った子供たちだ。
そして、もう1つの問題が、アメリカの義務教育は、日本に比べ
ある意味でずさんなところがあるということだ。
アメリカの信条の1つが"自由"であり、"競争主義"なので、
ドロップアウトする学生をサポートして、無理やり教育をほどこす
というような意識が希薄であるように感じる。
そのため、十分な教育を受けないまま大人になり、社会的弱者と
なる人の数が、日本などに比べ圧倒的に多い。
------
少し、話は脱線するが。。。
日本はさまざまな点で、アメリカを模倣してきたように思われる。
しかし(これは私見でしかないが)、日本がアメリカを絶対真似ては
いけないことは、行き過ぎた自由主義に陥ってはならないということだ。
行き過ぎた自由主義、行き過ぎた経済主義の行き着くところは、
とんでもない格差とあふれかえる貧困である。
今回の金融危機が、それらを考え直すきっかけになればいいと思う。
------
ただ、教育に関してアメリカの方が優れているなあと思うところは、
日本に比べてまだやり直しがきく社会であるということだ。
アメリカ社会には、1度ボロボロになった人間に再度チャンスを与える
という懐の深さがある(もちろんその人が努力することが必須条件だが)。
私のクラスにも、やり直し教育から始め、その後大学を卒業し、大学院に
進んできたクラスメートが、把握しているだけでも2人いる。
ホームレスから脱却し再び歩き出した人が1人、アルコール中毒から
立ち直った人が1人。本当にさまざまなバッググラウンドを持った人
達が集まっている。
そして卒業後、彼らはNPO、企業、行政、起業などさまざまな分野で
活躍するのだろう。
過去はそれ程問題ではない。年齢もそれ程問題ではない。今、何が出来て
何をやりたいのかが、この国がチャンスをくれる条件となるのだ。
(それとは別に、人種差別という大きな問題もあるが。。。)
ひるがえって、日本。
日本は、本当にセカンドチャンスのない国だと感じる。学校を卒業して
就職した会社、もしくは職種を全うされる方がほとんどだろう。
最近、転職される方も増えてはきたが、転職できる方というのは
学歴や職歴など元々恵まれている人たちに偏っているように感じる。
そう1度その波に乗り遅れてしまえば、なかなか取り返すことが
容易ではない社会。。。
でも、それっておかしくない??
学校を卒業する時の考えなんて、それから変わるもんだろうし、
大人になってから、自分のやりたいことや勉強したいことが見えてくる
人だっているだろうし。ってか、そっちの方が人としてきっと自然だし。
前回のブログにも通ずるところであるが、人間はミスをする(あと、
タイミングを逃す)ものだという前提が考慮されていないように感じる。
例えば、アメリカに端を発した今回の金融危機。
日本に帰っていないので正しい判断ではないかもしれないが、ニュースや
友達の話を聞く限りでは、この震源地アメリカよりも、日本社会の方が
悲壮感に包み込まれているように感じる。
アメリカも、ほんととんでもないことになっていると思うのだが、
新大統領の就任もあり、「もう一度やり直そう」という人々の前向きな
思いが、強く感じられるような気がする。
それは、やり直しのきく社会ときかない社会の持つ思想や習性の違い
なのかもしれない。。。
この問題は、年功序列制度や教育制度など日本社会の基盤に関わる
問題なので、なかなか変えられないのかもしれないが、
ふと、安倍元首相が掲げていた「やり直しのきく社会」という目標が
思い出される。その意味・意義をもう一度考える必要なあるのではない
だろうかと、感じた一日であった。
おわっ、文章にしてみると予想以上に堅すぎたっ!
失礼しました。。。
今学期は公共分野におけるリサーチの手法について学んでおり、
実際に現実社会の課題を取り上げ、それに関するリサーチプロジェクト
を立ち上げることで、そのスキルを身につけようとするものだ。
アメリカの教育はとても実践的~!
ま、小難しいことはさておき、何についてリサーチしているかというと、
"社会人の再教育"について調べることにした。
(僕は学生の頃から、教育に関心があるので)
ちなみに、プロジェクトはグループ単位で行われ、僕のグループは4人だ。
もちろん、その中では僕が足を引っ張っていることは明らかなので、
グループに少しでも貢献出来るのであれば、パシリでもなんでもさせて
いただきますという姿勢で臨んでいる。
今日は、実際に"社会人教育"を提供しているカレッジにお邪魔して、
生徒の方たちへのインタビューを行った(社会科学的には、フォーカス
グループという手法なのだが、ま、インタビューみたいなもん)。
生徒の方たちは、ほんとうにさまざまな事情を抱えて、この教育を
受けに来ている。
今より給料のいい職業を見つけたい方もいれば、子育てが終わり
新たな道を見つけたいという方もいる。ドラッグ地獄から抜け出し、
なんとかまっとうな道を見つけようとする方、アフリカからの
移民で英語力を身につけようとしている方、それから、子供が
大きくなってきて、その子供に対して少しでも親としての尊厳を
保つために何十年か振りに勉強を始めた方もいる。
こちらの人は、それを包み隠さず話してくれる。僕はそれらの話を
なんて表現すべきなのだろうか?感動?感銘?共感?
とにかく心を動かされながら聞いていた。
。。。
アメリカには教育に関して、大きな問題がある。
1つは教育格差である。例えば、日本の東大のように、アメリカの
エリート校に入学出来る人間は、社会的にも金銭的にも恵まれた
家庭で育った子供たちだ。
そして、もう1つの問題が、アメリカの義務教育は、日本に比べ
ある意味でずさんなところがあるということだ。
アメリカの信条の1つが"自由"であり、"競争主義"なので、
ドロップアウトする学生をサポートして、無理やり教育をほどこす
というような意識が希薄であるように感じる。
そのため、十分な教育を受けないまま大人になり、社会的弱者と
なる人の数が、日本などに比べ圧倒的に多い。
------
少し、話は脱線するが。。。
日本はさまざまな点で、アメリカを模倣してきたように思われる。
しかし(これは私見でしかないが)、日本がアメリカを絶対真似ては
いけないことは、行き過ぎた自由主義に陥ってはならないということだ。
行き過ぎた自由主義、行き過ぎた経済主義の行き着くところは、
とんでもない格差とあふれかえる貧困である。
今回の金融危機が、それらを考え直すきっかけになればいいと思う。
------
ただ、教育に関してアメリカの方が優れているなあと思うところは、
日本に比べてまだやり直しがきく社会であるということだ。
アメリカ社会には、1度ボロボロになった人間に再度チャンスを与える
という懐の深さがある(もちろんその人が努力することが必須条件だが)。
私のクラスにも、やり直し教育から始め、その後大学を卒業し、大学院に
進んできたクラスメートが、把握しているだけでも2人いる。
ホームレスから脱却し再び歩き出した人が1人、アルコール中毒から
立ち直った人が1人。本当にさまざまなバッググラウンドを持った人
達が集まっている。
そして卒業後、彼らはNPO、企業、行政、起業などさまざまな分野で
活躍するのだろう。
過去はそれ程問題ではない。年齢もそれ程問題ではない。今、何が出来て
何をやりたいのかが、この国がチャンスをくれる条件となるのだ。
(それとは別に、人種差別という大きな問題もあるが。。。)
ひるがえって、日本。
日本は、本当にセカンドチャンスのない国だと感じる。学校を卒業して
就職した会社、もしくは職種を全うされる方がほとんどだろう。
最近、転職される方も増えてはきたが、転職できる方というのは
学歴や職歴など元々恵まれている人たちに偏っているように感じる。
そう1度その波に乗り遅れてしまえば、なかなか取り返すことが
容易ではない社会。。。
でも、それっておかしくない??
学校を卒業する時の考えなんて、それから変わるもんだろうし、
大人になってから、自分のやりたいことや勉強したいことが見えてくる
人だっているだろうし。ってか、そっちの方が人としてきっと自然だし。
前回のブログにも通ずるところであるが、人間はミスをする(あと、
タイミングを逃す)ものだという前提が考慮されていないように感じる。
例えば、アメリカに端を発した今回の金融危機。
日本に帰っていないので正しい判断ではないかもしれないが、ニュースや
友達の話を聞く限りでは、この震源地アメリカよりも、日本社会の方が
悲壮感に包み込まれているように感じる。
アメリカも、ほんととんでもないことになっていると思うのだが、
新大統領の就任もあり、「もう一度やり直そう」という人々の前向きな
思いが、強く感じられるような気がする。
それは、やり直しのきく社会ときかない社会の持つ思想や習性の違い
なのかもしれない。。。
この問題は、年功序列制度や教育制度など日本社会の基盤に関わる
問題なので、なかなか変えられないのかもしれないが、
ふと、安倍元首相が掲げていた「やり直しのきく社会」という目標が
思い出される。その意味・意義をもう一度考える必要なあるのではない
だろうかと、感じた一日であった。
おわっ、文章にしてみると予想以上に堅すぎたっ!
失礼しました。。。
2/04/2009
自販機の前で
学校に着くと、まず自販機によるのが日課だ。
病気にでもなろうものなら、ただでさえついていけてない授業に
さらについていけなくなること必至なので、風邪などは絶対に
ひかないように気をつけている。
なので、買うのはいつもビタミンたっぷりの100%ジュースだ。
今日も、お決まりのように自販機の前に立って、グレープジュース
のボタンを押した。
お釣りがチャリンチャリン。。。
あれ。。。またか。。。チャリンが1個足りない。
僕が入れたのは2ドル。で、ジュースが1ドル25セント。
であるからして、お釣りは25セントコインが3枚出てくるはずなのだ。
釣銭口に手を伸ばす。。。やっぱり50セントしかない。
アメリカの自動販売機では、こういうことが頻繁に起こる。
ある時は、ジュースが出てこなかったり。ある時はお金を入れても
そのお金を認識しなかったり。また、ある時は釣りとして、カナダの
コインが出てきたり。。。
多分、4回に1回か3回に1回かの割合で、なんらかの不具合が起こる。
こちらに来てすぐの頃は、なんじゃ!?と思ったりもしたものだが、
最近は、それに何とも思わなくなってきている。ってか、問題なく
出てきてくれた時には、今日は調子いいじゃん!!なんて、少しいい
気分に感じたりさえする。
買い物に出かけても同じようなことがよく起こる。
スーパーなどは、自動で釣銭が出てくる仕組みになっているので、
間違いはまず起こらないが、
ファーストフードがこれまた間違い発生の宝庫なのである。
ある時は釣銭が少ない。ある時は多い。ある時は、違うバーガー。
ある時はジュースのサイズが頼んだのよりも大きい。またある時は
キッズのおまけが2つ。。。とまあ、間違いの多いこと、多いこと。
僕の英語発音の悪さによるものもあると思うが、レシートにはちゃんと
頼んだとおりになっているのがほとんどなので、どんだけいい加減やねん!!
とつっこみたくなる。
最近は、そんな事にすっかり慣れてきたので、あまりに食べたいものと
違う時以外は、出てきたものをそのままいただくことにしている。
釣銭の違いにしても、来た頃は戸惑ったものだが、今は、
"こっちが損する事があれば、得する事もあるし、トータルでとんとん。
うまいことなってるわ"と考えるようになった。
思うのだが、
(アメリカは少しひどすぎるかもしれんが、)日本ももう少しいい加減で
いいんじゃないかなあと思う時がある。
確かに、日本の店はどこもサービス満点。少しでも間違えようものなら、
平謝り。電車はほぼ時刻どおりに到着する。
ってか、そうでないと客はキレる。
ある意味きっちりしていて素晴らしいとも思うが、ある意味窮屈な感じがする。
人間は間違いをおこす生き物だと思う。
もちろん、ミスをしないように注意することは大事だし、そうすべきことなの
かもしれないが、それでもミスをしてしまう時もある。
日本は、その1つの小さなミスでさえ、許しあうことの出来ない社会に
なってしまっているような気がする。
1つのミスだけで、店の評判が落ちてしまうことがあるが、それはそれ程
重大なことなのだろうか??
ミスを咎め合うことで、憎しみや恨みが生まれるような社会になっていない
だろうか?ミスするのが怖くて、新しいことにチャレンジ出来ない社会に
なってしまっていないだろうか。。。
だとすれば、日本は、行き過ぎたサービスの代わりに、社会として大切な
ものを失ってしまっているのではないだろうか?
な~んて、偉そうに言っているわけですが、私自身、日本ではそうした
間違いに厳しい人間であったように思う。
もう少し、いろんなことにゆとりを持って生きられれば、それはとても
素敵なことだなあと思う。
。。。
自販機の釣銭口から、2枚のコインを取り出してみる。
ちゃんとアメリカのコインだ。
ま、、、ヨシとするか。
そして、図書館に向かう。
病気にでもなろうものなら、ただでさえついていけてない授業に
さらについていけなくなること必至なので、風邪などは絶対に
ひかないように気をつけている。
なので、買うのはいつもビタミンたっぷりの100%ジュースだ。
今日も、お決まりのように自販機の前に立って、グレープジュース
のボタンを押した。
お釣りがチャリンチャリン。。。
あれ。。。またか。。。チャリンが1個足りない。
僕が入れたのは2ドル。で、ジュースが1ドル25セント。
であるからして、お釣りは25セントコインが3枚出てくるはずなのだ。
釣銭口に手を伸ばす。。。やっぱり50セントしかない。
アメリカの自動販売機では、こういうことが頻繁に起こる。
ある時は、ジュースが出てこなかったり。ある時はお金を入れても
そのお金を認識しなかったり。また、ある時は釣りとして、カナダの
コインが出てきたり。。。
多分、4回に1回か3回に1回かの割合で、なんらかの不具合が起こる。
こちらに来てすぐの頃は、なんじゃ!?と思ったりもしたものだが、
最近は、それに何とも思わなくなってきている。ってか、問題なく
出てきてくれた時には、今日は調子いいじゃん!!なんて、少しいい
気分に感じたりさえする。
買い物に出かけても同じようなことがよく起こる。
スーパーなどは、自動で釣銭が出てくる仕組みになっているので、
間違いはまず起こらないが、
ファーストフードがこれまた間違い発生の宝庫なのである。
ある時は釣銭が少ない。ある時は多い。ある時は、違うバーガー。
ある時はジュースのサイズが頼んだのよりも大きい。またある時は
キッズのおまけが2つ。。。とまあ、間違いの多いこと、多いこと。
僕の英語発音の悪さによるものもあると思うが、レシートにはちゃんと
頼んだとおりになっているのがほとんどなので、どんだけいい加減やねん!!
とつっこみたくなる。
最近は、そんな事にすっかり慣れてきたので、あまりに食べたいものと
違う時以外は、出てきたものをそのままいただくことにしている。
釣銭の違いにしても、来た頃は戸惑ったものだが、今は、
"こっちが損する事があれば、得する事もあるし、トータルでとんとん。
うまいことなってるわ"と考えるようになった。
思うのだが、
(アメリカは少しひどすぎるかもしれんが、)日本ももう少しいい加減で
いいんじゃないかなあと思う時がある。
確かに、日本の店はどこもサービス満点。少しでも間違えようものなら、
平謝り。電車はほぼ時刻どおりに到着する。
ってか、そうでないと客はキレる。
ある意味きっちりしていて素晴らしいとも思うが、ある意味窮屈な感じがする。
人間は間違いをおこす生き物だと思う。
もちろん、ミスをしないように注意することは大事だし、そうすべきことなの
かもしれないが、それでもミスをしてしまう時もある。
日本は、その1つの小さなミスでさえ、許しあうことの出来ない社会に
なってしまっているような気がする。
1つのミスだけで、店の評判が落ちてしまうことがあるが、それはそれ程
重大なことなのだろうか??
ミスを咎め合うことで、憎しみや恨みが生まれるような社会になっていない
だろうか?ミスするのが怖くて、新しいことにチャレンジ出来ない社会に
なってしまっていないだろうか。。。
だとすれば、日本は、行き過ぎたサービスの代わりに、社会として大切な
ものを失ってしまっているのではないだろうか?
な~んて、偉そうに言っているわけですが、私自身、日本ではそうした
間違いに厳しい人間であったように思う。
もう少し、いろんなことにゆとりを持って生きられれば、それはとても
素敵なことだなあと思う。
。。。
自販機の釣銭口から、2枚のコインを取り出してみる。
ちゃんとアメリカのコインだ。
ま、、、ヨシとするか。
そして、図書館に向かう。
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