学校に着くと、まず自販機によるのが日課だ。
病気にでもなろうものなら、ただでさえついていけてない授業に
さらについていけなくなること必至なので、風邪などは絶対に
ひかないように気をつけている。
なので、買うのはいつもビタミンたっぷりの100%ジュースだ。
今日も、お決まりのように自販機の前に立って、グレープジュース
のボタンを押した。
お釣りがチャリンチャリン。。。
あれ。。。またか。。。チャリンが1個足りない。
僕が入れたのは2ドル。で、ジュースが1ドル25セント。
であるからして、お釣りは25セントコインが3枚出てくるはずなのだ。
釣銭口に手を伸ばす。。。やっぱり50セントしかない。
アメリカの自動販売機では、こういうことが頻繁に起こる。
ある時は、ジュースが出てこなかったり。ある時はお金を入れても
そのお金を認識しなかったり。また、ある時は釣りとして、カナダの
コインが出てきたり。。。
多分、4回に1回か3回に1回かの割合で、なんらかの不具合が起こる。
こちらに来てすぐの頃は、なんじゃ!?と思ったりもしたものだが、
最近は、それに何とも思わなくなってきている。ってか、問題なく
出てきてくれた時には、今日は調子いいじゃん!!なんて、少しいい
気分に感じたりさえする。
買い物に出かけても同じようなことがよく起こる。
スーパーなどは、自動で釣銭が出てくる仕組みになっているので、
間違いはまず起こらないが、
ファーストフードがこれまた間違い発生の宝庫なのである。
ある時は釣銭が少ない。ある時は多い。ある時は、違うバーガー。
ある時はジュースのサイズが頼んだのよりも大きい。またある時は
キッズのおまけが2つ。。。とまあ、間違いの多いこと、多いこと。
僕の英語発音の悪さによるものもあると思うが、レシートにはちゃんと
頼んだとおりになっているのがほとんどなので、どんだけいい加減やねん!!
とつっこみたくなる。
最近は、そんな事にすっかり慣れてきたので、あまりに食べたいものと
違う時以外は、出てきたものをそのままいただくことにしている。
釣銭の違いにしても、来た頃は戸惑ったものだが、今は、
"こっちが損する事があれば、得する事もあるし、トータルでとんとん。
うまいことなってるわ"と考えるようになった。
思うのだが、
(アメリカは少しひどすぎるかもしれんが、)日本ももう少しいい加減で
いいんじゃないかなあと思う時がある。
確かに、日本の店はどこもサービス満点。少しでも間違えようものなら、
平謝り。電車はほぼ時刻どおりに到着する。
ってか、そうでないと客はキレる。
ある意味きっちりしていて素晴らしいとも思うが、ある意味窮屈な感じがする。
人間は間違いをおこす生き物だと思う。
もちろん、ミスをしないように注意することは大事だし、そうすべきことなの
かもしれないが、それでもミスをしてしまう時もある。
日本は、その1つの小さなミスでさえ、許しあうことの出来ない社会に
なってしまっているような気がする。
1つのミスだけで、店の評判が落ちてしまうことがあるが、それはそれ程
重大なことなのだろうか??
ミスを咎め合うことで、憎しみや恨みが生まれるような社会になっていない
だろうか?ミスするのが怖くて、新しいことにチャレンジ出来ない社会に
なってしまっていないだろうか。。。
だとすれば、日本は、行き過ぎたサービスの代わりに、社会として大切な
ものを失ってしまっているのではないだろうか?
な~んて、偉そうに言っているわけですが、私自身、日本ではそうした
間違いに厳しい人間であったように思う。
もう少し、いろんなことにゆとりを持って生きられれば、それはとても
素敵なことだなあと思う。
。。。
自販機の釣銭口から、2枚のコインを取り出してみる。
ちゃんとアメリカのコインだ。
ま、、、ヨシとするか。
そして、図書館に向かう。


0 件のコメント:
コメントを投稿