今学期取った1つの授業でスパイに関することを少し勉強した。
その課題となっている本"Spying Blind"に、とても興味深い
ことが書かれていたので、今日はそれをご紹介。
2001年9月11日に起きた"アメリカ同時多発テロ"。
当時もそして今もさまざまな陰謀説が流れているこのテロだが、
この本はアメリカ諜報組織の腐敗という観点からこのテロを分析している。
まず、CIAはかなり早い段階で、アルカイダによるアメリカ本土に
おける航空機を使ったテロの計画というを把握していたというのである。
2001年1月に、イスラム国家であるマレーシアでアルカイダ幹部に
による会議が開かれている。
CIAはその情報を入手しており、尾行および盗聴などによりその会議の
出席者や会議内容をかなり詳しいところまで把握していた。
そして、その内容はまさに航空機を使ってアメリカ本土を攻撃するという
ものであった。
一方、国内の諜報を担当するFBIも、まだ違ったところから同時多発
テロの可能性を把握していた。
FBIは、アルカイダの一味が、アメリカ国内の航空機学校で航空機免許
を取得している情報を入手していたのである。
したがって、FBIは"誰が"航空機免許を取得しているかという個人まで
限定された情報を得ていたのである。
さらに驚くべきことに、激突航空機のパイロットとなるテロリストは、
一度アメリカ国外に出国し、テロ間近になって、アメリカに再入国する
のだが、その際、提示したパスポートは偽造のものではなく、その本人
自身のパスポートだったということである。
CIAもFIBも、テロを実行する可能性の高い個人を特定する情報を
入手しておきながら、入国検査でみすみす素通りさせてしまったわけだ。
それでは何故、アメリカはこの国家危機を防げなかったのか??
アメリカの諜報機関は、非常に縦割りで、さらにCIA(国外担当)と
FBI(国内担当)は犬猿の仲でありお互いの情報共有や協力を行う習慣
が備わっていなかった。
また、CIAは、冷戦時代の人脈を使った旧来の情報工作から、テロに
対応する組織に変革出来ていなかった。
・情報のデータベース化などはほとんど行わず、情報はエージェント個人
がそれぞれの記憶やノートに書き留めるという方式であった。
・当時のCIAでテロ対策部門というのは、花形ではなくいわゆる窓際
であったので優秀とされるエージェントはそこに配属されなかった。
などである。
この授業の主題は、このケーススタディから、巨大組織(特に行政組織)は、
硬直化や縦割・階層主義に陥りやすい習性であるので、それを理解した上で、
それを防ぐにはどうすればいいのかというのを学ぶものであった。
アメリカってスパイの本場でしょ?
なので、この本は結構面白くて、いつも課題本を嫌々読んでるのに比べ、
少しテンションあがりぎみで読むことが出来た。
アメリカで普段生活していて、スパイを感じることはないが、友達に聞くと、
ごくごくまれにCIAに関する出来事に出くわすことがあるのだそうだ。
同級生の1人は、テロ当時ユナイテッドエアに勤めていて、テロ直後職場に
CIAが乗り込んできて、同僚の1人(イスラム系)を連行していった
と言ってた。
そんなの聞くと、やっぱりおっかね~国だなと。。。
少し日本についても調べてみると、日本にはアメリカのCIAやロシアの
SVR(旧KGB)に相当する、諜報工作を専門とする独立した国家機関は
無いようですね。
内閣情報調査室(内閣府)、公安調査庁(法務省)、防衛省情報本部など
幾つかの省庁に分かれて、諜報活動を行ってるよう。
ある本によると、もともと日本人は、忍者を始めとするようにその勤勉性や
忠臣性・機密性などからスパイにはとても適した民族であるらしい。
で、戦後アメリカはそれを恐れ、日本にCIAのような諜報機関が出来ない
ような仕組みをとったという説もあるようです。
ところでさ。。。なんで、スパイになんてなろうと思うのかねぇ??
一度なったら、絶対足洗えそうにないじゃん。人間不信になりそうだし。
夜も安心して眠れそうにない。。。
などと考える小市民は、スパイには全く向いていないのだろう。


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