6/16/2009

夢のつづき

今から考えると、相当渋い趣味だが、
小学生の頃、伯母の影響で安全地帯がとても好きだった。

その安全地帯の歌の中に"夢のつづき"という歌がある。
この歌は、別れなければならないとても好きな人のことを
想いつづった曲である。

小学校6年生の頃、とても好きだった初恋の人がおり、
小学校を卒業するとその人と違う中学に通うことが事前に
わかっていたのだが、そんな頃に、この曲をよく聞き、
感慨に浸っていたことをとてもよく憶えている。。。


話が少し変わるのだが。。。

このアメリカ留学が終わりを迎えようとしている今、
改めて考えてみて、今回の留学は僕にとって本当に
"夢のつづき"であったように思う。

僕は学生時代、本当に英語が嫌いな学生であった。
英語の成績が飛び抜けて悪く。それでもって、英語の対して
コンプレックスというか、恐怖心が常に僕の中にあり。
電車の中で外国人を見つけると、「もしや声でもかけられる
のでは」となどとびびって車両を変えるような始末で。
これは完全に外人恐怖症と言っていい。

そして、このままではいけないと一念発起して、大学生の頃に
オーストラリアに英語の勉強をしに行くことにした。

その時に受けた衝撃は、それからだいぶ歳を重ねた今にいたっても
生々しい記憶として僕の頭に焼き付いている。
この世界には僕が未だ見たことのないものが、山のようにあり、
そして英語を話すことで、どれだけ自分の世界が広がるのかという
事をその時に思い知ったのである。

それは、なんてゆったらいいのか、頭上からたらいが落ちてくる
といったらいいのか、脳天に電気が走るといったらいいのか、
脳細胞の全てが激震するようなそんな衝撃であった。

もともとの能力がなかったこともあって、その時はそれ程英語も
身につかなかったのであるが、それ以来、海外でもう一度過ごして、
英語を身につけたいというのが、僕の大きな憧れとなった。

それから10数年が過ぎ、僕はその夢のつづきを見るという幸運に
めぐりあう事になる。
僕のとって、それが今回の留学であった。

。。。

夢が実現すると、それは厳しい現実となるのは世の中の常なの
だろうか。
実際の留学は、僕がそれまで夢見ていたような甘いものではなかった。

英語力が全く伸びているように感じず、自分の語学力のなさを
これでもかこれでもかというほどに、思い知らされた毎日であった。

舌・のど・耳、全てにおけるネイティブスピーカーとの決定的な違いと、
英語、日本語とも自在に操れるバイリンガルとの決定的な壁を
思い知らされ、その違いに叩きのめされる日々であった。

そして、それより何よりも辛かったのは、僕がこの留学を決めた
ことで苦しむことになった家族の苦悩を目の当たりにしたこと
であった。

引きこもりのようになる妻、夜中に泣きじゃくる娘、病気した時に
感じるあまりの不便さ・不安、夫婦喧嘩。。。結婚してから今までで
最大の危機がこのアメリカ滞在期間中にあったように感じる。

アメリカに来たことは、家族のことを考えると、実は間違った選択
だったのではないか、とさえ考えたこともあった。

しかし、徐々に強く逞しくなり、幼稚園でも出来ることが多くなる
子の姿を見、そしてそんな子を守ろうと母としての強さを身に
つけていく妻の姿を垣間見るにつれ、その不安も次第に小さく
なっていったように感じている。

奥さんと娘は先にすでに日本に帰ったのであるが、帰国前の半年
ほどは、妻も子も笑顔で過ごすことが多くなり、そしてアメリカ
での思い出を苦しいながらも貴重なものだと感じながら、帰って
いったようなので、それは本当に良かったと感じている。

僕自身はと言うと、

この間の金曜日に卒業式が行われた。その中で教授の1人がスピ
ーチを行ったのだが、そのスピーチの中で教授は、僕について結構
長い間言及してくれて、お世辞だと思うが、アメリカの学生とは
違う多様な物の見方を共有してくれて感謝しているというような
ことを言ってくれた。それは本当に心の震える時間であった。
僕のこの2年間が報われたように感じた瞬間であった。

僕はあふれる涙を止められずに、そしてきっと止めようともせずに
無様に涙を流した。

それはやはり"夢のつづき"であったのかもしれない。


英語は、「2年間留学してました」なんてとても恥ずかしくて言えない
ほどに上達していない。でも同時に、自分なりに一所懸命やったので、
それはそれで仕方ないかとは思えている。

そして、英語を自分の思いのままに扱えるようになるという僕の
"夢のつづき"は、人生のもう少し先に見られればいいかと、
今は思っている。

そんな日はいつか来るのだろうかという不安がないわけではない。
普通の人が5年で身につけられるところが、僕は10年かかるかも
しれない。
やはりそれでも、時間をかけてでも、いつかは身につけたいと思える
ほどに、英語を話せるというのは本当に素敵なことだなあと改めて
痛感した日々でもあった。

またいつか留学出来ればいいな。
今度はヨーロッパに住んでみたいので、イギリスか??なんて。。。

僕には、妻も子も、そして大概いい歳の母親もいるので、実際は
無理なことかもしれないが、50歳?60歳?じいちゃんになって
子供が成人して、少しゆとりが出来た頃にでも、実現することが
できれば、それはきっと素晴らしいことだなあと密かに考えている。

その時に、またこの"夢のつづき"を観ることにしよう。

"どれほど季節が どれほどめぐり来ても
 楽しかった日々は 忘れない"


※契約の関係で、明後日以降、インターネットが接続出来なくなる。
 なので、アメリカから書くブログは、これで最後になると思います。
 だらだらとした長文。もし最後まで読んでいただけた方が
 いらしたとすれば、今までありがとうございました。

 50?とかなって、また夢を観ることが出来れば、その時にでも
 ブログ再開するかも?です。

 ひとまずは さようなら
 
 また日本で!!

6/07/2009

最後のプレゼン

この週末、最終論文についての発表会が行われた。

論文を完成させて、そのプロジェクトについてのプレゼンをする。
これがこの2年間の最後最後に課された課題である。

プレゼン時間は20分。英語でやることを考えれば長いが、
そのプロジェクトを取組むに至った経緯・方法論・結果・その結果
からの考察などを説明するなるとかなり短い時間である。

僕の論文のテーマは、訳するとそのままではないんだけど
「日本社会を再生させ、持続可能にするための3つの提案」
ってな感じ。それを他国との比較政策論的に展開させるという目論見。

僕はどうもテーマを大きくしすぎるきらいがあるらしい。
そのために研究としてはどうしても抽象的でまとまりのない結論に
いたってしまう。たしか大学生の時もそうだった。
「君の論文は、エッセーとしては面白いが、研究としては抽象的だ」と
教授から言われたのを記憶している。
あの頃からあまり成長していないのだろうか。。。

でも、とにかく最後の論文を書き終えた。そして、プレゼンテーション
も無事終了した。

で、出来の方はというと。。。
客観的な評価はわからないが、自分としてはとても満足している。
論文もプレゼンテーションも、今僕が持っているもののベストを
出し切れたように感じる。

いよいよこの留学も終わりに差しかかろうとしている。
後日、担当教官との話し合いが行われ、僕の書いた論文に関しての
意見交換と評価がなされる。それが終わればいよいよ卒業式だ。

やったーっ!!
もうこれからは英語の本を何時間もかけて読むこともない。
もう、ついてけないディスカッションに参加しなくてもよいのだ!!

プレゼンテーションを終えた夜、家に帰ってきた僕を心地の良い疲れと
充実感が包む。
それと同時に、表現しがたい寂寥感がとめどなく襲ってくる。

どうも、この学校を去るのはとても寂しいことのようだ。

卒業式までちょっと時間があるので、カメラでも手にして、構内を
ゆっくり散策してみたいと思う。

5/19/2009

Soraの1年半

今月の末に、娘の幼稚園の卒園式が行われます。

アメリカでは、日本の幼稚園にあたるのがPreschoolとKindergarten
の2種類に分かれていて、3-5歳児はPreschoolで学びます。
Kindergartenは、小学校の準備学校というような位置づけで、
Preschool終了後、小学校に入学するまでの1年間というのが
一般的なようです。

娘は、今Preschoolに通っていて、それがこの5月に終了します。
ちょうど僕の卒業と時期を同じにしているのはラッキーだと思います。
一応、幼稚園を卒業するという経験を出来るのは、娘としては
重要なことだと思うからです。

それでその記念として、幼稚園の様子をビデオに撮らせてもら
えるように幼稚園にお願いし、今日、奥さんがビデオを撮りに
行ってくれた。

そして、僕が学校から帰ってくるのを待って、家でビデオ上映会
が行われました。

こちらに来る前は、一年半こちらで過ごせば、小さい子供は英語
を覚えるのではないかと思っていましたが、実際はそんな簡単な
ものではなかったようです。もちろん、子供によって違うと思いますが。

家では100%日本語だし、Soraは自分から積極的に前に出るタイプ
ではないのもあって、正直、ほとんど英語は話せないままです。
先生の話は少し理解できるようになってきているようですが、
あとは他の子の見よう見まねと想像力で、なんとかこなしてきたと
いう感じですね。

なので、ビデオに映っているSoraも、それほど発言することもなく
他の子に引っ張りまわされながら遊んでいるのですが、それでも
、いやきっとそれだからこそ、父はとても感動しました。

5歳にもなると周りの子は、結構ペラペラ話を出来るので、英語の
話せないSoraにとっては苦しい環境に違いないが、でも来た頃と
比べると段違いにクラスメートと交わるようになっていました。

"勉強の時間"では常に一番前に座って、先生の話に耳を傾ける
Sora。初めの頃は、もじもじ尻込みして、一番端っこに座っていたの
とは大きな違いです。

外遊びの時には、今幼稚園で流行っているという三輪車遊びに
積極的に参加していました。2人用自転車を友達と笑いながら
漕ぐ我が子を見て、本当に胸がいっぱいになりました。

すると、三輪車の順番待ちをしている子供達から、
"Go! Sora, Go! Sora"
の大合唱。
英語をろくに話せない日本人を、何の偏見もなく受け入れる
子供達の無邪気さと寛容さに、 心打たれました。

Soraのこの1年半は、けっして順調なものではありませんでした。
幼稚園に行きたくないと駄々をこねることは、あまりありません
でしたが、夜中に泣きだして止まらなくなったり、そんな子を見て、
奥さんがホームシックになったり、大変な時期もありました。
僕の都合で、2人をアメリカに連れてきてしまったことを、申し訳なく
ずっと思っていましたし、途中で奥さんと子供だけ日本に帰ろうかと
話し合ったことも何度もありました。

でも、このアメリカの幼稚園で過ごした1年半は、きっと無駄ではない
と思います。
この苦しかった経験と、そしてこのビデオに映っているあなたは、
あなたがこれからの人生を生きていく中で、辛いこと苦しいことに
出会った時、必ず勇気と力を与えてくれることでしょう。

そして、体のどこかで憶えていてほしいと思います。
異邦人でありキリスト教徒でもない私達を快く受け入れてくれた幼稚園。
あなたの多様性を素晴らしいことだといつも教えてくれた先生。
言葉の壁を越えて触れ合うことの出来たクラスメート。
あなたが4-5歳の時を生きた、この景色を、この臭いを、この感覚を。

ははっ。まだ卒業してない、してない。
涙するのは、娘の卒業式までとっておきたいと思います。

5/13/2009

帰国準備

新型インフルエンザが猛威をふるっていますね。
日本では大変な騒ぎになっていると聞いています。
震源地であるアメリカでは、実はそれ程大きな問題にはなっていません。
もちろんそれなりの報道もされていますが、トップニュースというわけ
ではなく、いくつかのニュースの1つという扱いです。

それで、山根家もそれ程深刻には考えていなかったのですが。。。
感染者数が3,000人に達し、それも氷山の一角に過ぎないと政府が
発表している状況において、さすがに気になってきました。

帰国まで、感染しないように十分気をつけたいと思います。
ま、でも学校行かないといけないし、社会生活しないといけないし。
手洗いうがいを徹底します!


この国から出て行く日がいよいよ近づいてきた。

奥さんと子供は僕より一足先に帰国する予定にしているのだが、
その日まではもう一ヶ月をきった。

それで、最近徐々に帰国準備を始めている。
実はこれ結構めんどくさい。。。
家具など売れそうなものは買ってくれる相手を探したり、日本に送る物を
荷造りしたりしないといけないのだ。

幸か不幸か、車を事故で廃車にしているので、車の売り先を捜さなくて
いいのはだいぶ楽だな。
アメリカでは車の個人売買が普通に行われていて、ディーラーをとおすより
高値で売れるので、本来であれば今頃から売り先を見つけ始めないと
いけなかったはずなのである。

日本に送る荷物の方は、ほとんどが子供の本やらおもちゃやらですな。
送り賃の方が高くつくような気もするが、子供が大事にしているものは
送ろうということになった。

で、やたらとあるのがぬいぐるみ類。
こっちに来る時は全く持ってこなかったはずだが、じいちゃんばあちゃん
から送られてきたり、旅行先で買ったり、幼稚園の友達にもらったりで、
今はかなりのぬいぐるみが我が家に生息している。

妻と話して、娘が本当に気に入っているものだけを日本に送ろうという
ことになった。
Soraにそれを伝えて、日本行きのぬいぐるみ達を選ばせる。
どれも持って帰りたいと駄々をこねるSora。
選抜第一段階が終了したが、ほとんどが選ばれたままなので、
「もう少し絞り なさい」という両親。
泣きそうになりながら、いくつかのぬいぐるみを諦めるSora。
そんな娘を見て、自分の決意がかなり揺らぎそうになりながらも、
じっと堪える父。

結果。
かなりの数のぬいぐるみ達が振るいにかけられ、いくつかの精鋭達が
残りました。

Sora: はぁ~、この人形連れてあの旅行に行ったなぁ。。。
そうだった、そうだった。
娘がそのぬいぐるみを抱いている写真を思い出す父。

Sora: 幼稚園行くのが辛かった時、このぬいぐるみと一緒に行くことで
     元気になれたんだよなぁ。
。。。

その一言で父、負けました。

父: そのぬいぐるみも持って帰ったらいいしょ。

母: はぁ~!?

奥さんからの大ブーイングを受けながら、3つのぬいぐるみが敗者復活!!


そうなんです。僕は貧乏性なのか、あまり物が捨てられない人であります。
特に、"思い出が詰まった"とかに弱い。

僕は結婚してから、何度も引越しをしているのだが、その度に妻から
「捨てろ!捨てろ!」と言われながらも、持ち続けている思い出の品が
詰まった箱がありました。
アメリカに来る時に、さすがに置いておく所がないので、泣く泣く処分
したが。。。

今回のアメリカ滞在は、嬉しいことも苦しいことも、感動した日々も
苦難の日々も いっぱいあったので、日本に是非持って帰りたい思い出
の品たちが、ごろごろしています。

今は、「全部捨ててくよ!」
なんて、気軽に言っているのだが、実際に捨てて帰れるのだろうか。。。

4/17/2009

リセット

イチロー選手が最多安打の日本記録を作り替えましたね。
おめでとうございます!
それもシアトルで達成なんて~!!
こないだのWBC(もちろんかぶりつきで観てた)といい、日本人の
活躍を本場アメリカで味わえるということが、とてもラッキー
だと思います。

実はイチロー選手って、あんま好きではないのだけれど、ほんと
凄いですねー。かっこいいですねー。

今回は、そのイチロー選手について書きたいと思います。
僕は野球下手なので、技術的なことはさっぱりわかりませんが、
気になったことがあったので書きます。

それはイチロー選手のある仕草。

イチロー選手は、よく言われているように、同じルーティンをこなして
同じ間合いを持って、いつも打席に向かいます。
打席に入る直前に、入念に屈伸運動をして、そして足場を固め、バット
を回して、肩の位置でバットを一旦静止し、相手のピッチャーと相対
します。
その仕草が、剣道や居合の構え、武道の型に似ていることから、侍の
イメージと重ねられるのでしょうね。
そのルーティンをこなすことで、いつも平常心で、自分の間合いで
勝負出来るのだという解説はよく言われているとおりだと思います。

僕が気になったのは、その後なんです。
ピーチャーが一球、二球と投げた頃、イチロー選手は一旦打席を外し、
ヘルメットをかぶり直します。
この仕草を観て、ふと遠い昔のある記憶が蘇りました。

それは、ファミコンのリセットボタン。

僕は、イチロー選手のあの仕草ってリセットボタンだと思うんです。
"しまった!打ち損じた"とか、"甘い球を見逃してしまった"とか、
"このピッチャーやけにいい球投げるな"とか思った時に、そういう
一切の雑念を消し去るためのリセットボタン。

ヘルメットをかぶり直す時に、"カチャ"って。

ま、僕が勝手に思ってるだけなんだろうけど。。。
そうして、リセットして、また平常心に戻って、自分の間合いで
次の一球と相対しているような気がしてならないのです。

----------

歳をいくぶんか重ねてきて、このリセット機能って、生きていく
中で、非常に重要な要素なのではないかと考えるようになりました。

生きていたり、働いていたり、こうやって文化の違う人と付き合って
いたりしていると、自分の思うようにならないことや、腹が立つことや、
後悔することが山のように出てくる。

その時、その気持ちをリセット出来るかどうかってとても大事だと思う
んです。もちろん、ファミコンと一緒で、リセットが効かない時も
ある。リセットしても完全に元に戻らないこともある。でも、自分の
リセットボタンを持っているかどうかで、かなり違うと思う。

僕は、若い頃、気持ちを切り替えるのがとても下手な人間でした。
落ち込んだ時は、とことん落ち込んじゃう。
でも、社会人になって、その性格のせいでとても苦労しました。
今から考えたら、そんなに悩まなくてもいいようなことで、深く長く
悩んでいたような気がします。
そして今になって思うと、それは平常心に戻すための、リセットボタン
を持っていなかったことが、大きな原因の1つだったように思うのです。

で、今、僕のリセットボタンはなんなのだろうかと。。。

それは言わない。

4/16/2009

Hibiki

長い長い冬が終わり、僕の住む街にもやっと春がやってきたようです。


春が好きだよ、一番。
若かった時は、陽が傾いた感じの秋が一番好きだったが、最近は春。
あと、昔は夏の暑さより冬の寒さの方が、まだましと思っていたが、
歳取ってからは、寒いのがなんせ辛い。関節とか痛いし。。。

特にこの辺りは、冬は寒い上に来る日も来る日も雨ばかり。
身を縮めて、春がやって来るのをひたすら待っていたような気がします。

そして、ついに春がやってきました。
ここの春は本当に美しい。
多分、木々も冬の間はひたすらこの寒さに耐え、雨をしのいで
生きてきたのだろうと思われ。。。
その分、春が来た時のハジケ感が半端ないのです。
もし、僕が童心を持ち続けていたならば、彼らの歓喜の声を聞くことが
出来たであろうほどに、その緑は鮮やかで、そして瑞々しく。
そして一斉に、いろんな色の花が咲き乱れます。

最近、子供をバス&歩きで幼稚園に送っていってるのだが、途中で
Soraの花摘みが延々続いて、いつも遅刻ぎみです。

僕の春学期も始まりました。これが、この留学の最後の学期になります。
先日、卒業式の時に着る、ガウンと帽子を申し込みました。
僕の学校のスクールカラーが緑なので、かなりのダサさを醸し出して
おりますが、とにかく感動の瞬間が近づいてきております。
いよいよ終わるって感じがしてきたよ~。

この学期は、修論的なものを書かなければなりません。出来るだけ、
自分で納得出来るものを書ければと思っています。


先日、トルコ人の友達のオムの家に食事に行ってきました。
以前、オムがうちに来て飯を食ったことがあって、その日は
お礼にトルコ料理をオムが作ってご馳走してくれるとのこと。
マジ、お前飯作れんの??って思ったけど、お言葉に甘え、
家にお邪魔してきました。

予想どおり?オムはいまいち料理苦手そうなんだけど、
そのもてなしの精神ってのがすごくて、とても関心しました。

料理も出来ないのに、それでも必死にトルコ料理(?)を
作っているオムを見て、もてなすってのは、そりゃ美味い
にこしたことないんだろうけど、それ以外の要素が占める割合も
大きいのだなあと改めて知りました。

普段は金ないないって言って、携帯も車も持ってないんだけど、
その日は豪勢な食材を買い込んできて、いや、そういう物の問題
でもないんだろうけど、なんてゆうか心意気というか、人のために
尽くすというか、忘れかけていた大切なものを、ふと思い出させて
くれたように感じます。

でも、出してくれた料理が、マトンの料理だったんだよね。
僕は羊の肉がめちゃ苦手。。。食べたらおえ~ってなる。
もちろん全部食べましたが、出してくれたアップルジュースで
流し込むという戦法に出てたのに、オムは気付いてたらしく、
「実は、お前苦手なんじゃないの?」と聞かれました。

ごめ~んっ!オム!!
もう少し、人間磨いて出直してきまーーす!

4/03/2009

事故

もう先月のことであるが、車の事故をしてしまった。
結果から言うと、僕も相手の女性も大きな怪我はなく。
でも、車は廃車。。。

日本でも事故して、車を廃車にしたことがあるので、これで
2回目だな。てか、俺って運転下手なのかもな。

でも、誰も大きな怪我をせずに済んだのは不幸中の幸い。
肉体的にも精神的にもダメージを受けながらも、せっかくした
経験なので、日本との違いも考慮しながら記録しておきたいと
思います。

-------
その日は、子供を幼稚園に送った後、いつものように車で学校に
向かっていたんだ。
すると、サイレンの音が聞こえて、救急車が近づいてきたので
僕は車を路肩に止めようと思い、減速。

その時に、後ろから大きな衝撃が。
なんてゆうんやっけ?おかま?をほられました。
その道は制限速度が50mile(80km)だったので、結構な衝撃でした。

そんとき思ったのは、「あーーっ、やってもた。。。」
帰国まであと3ヶ月だったので、事故なく帰国したいなって
ちょうど思ってた頃だったんだよね。

車を止めて、相手の車に近づくと、乗っていたのは、多分免許
取りたての若い女性。
かなり動揺している様子で、I'm so sorry...と言っていた。
相手の車は、ボディがタイヤにめり込んでいて、動かすことが出来ない。

とゆうてる間に、消防車と救急車が到着。時間にして5分後くらいか。
アメリカでは事故があると、消防車、救急車、パトカーがまずは全て
やってきます。
消防隊員は、車が爆発する危険がないかのチェックと人命救助、それから
交通整理などを迅速に行います。
救急隊員は、乗員の健康状態をチェック。僕の事故の場合は、僕も相手の
女性も自分の足で歩けるし、意識もしっかりしていたので、問題ない
というような書類を作成して、帰っていきました。

その後、一番遅れてパトカーがやってきました。
簡単な事情聴取を行って、事故の書類を作成。これは、日本と同じ。

その頃、相手の女性の母親が事故現場に到着。この辺から、急に相手の
女性の態度が豹変したんだよね。自分は悪くない!みたいな。。。
はあ、、、やっかいなことにならなければいいけど。。。

警察は、書類を作成した後、それを当事者の両方に渡します。
で、「もう行っていいよ」って。
車はどうすればいいのか?聞いたら、自分が乗って帰れると判断すれば
乗って帰ればいいし、危険だと判断すればレッカー業者に連絡を取れ
ということでした。おっ、なんとも自己責任の国!
危険かどうかわからんけど、なんとか走れそうなので、僕は車に乗って
とりあえず家に帰りました。

日本の時は、保険会社の担当者がすぐに現場に来てくれたんだけど、
こっちではそういうことはありませんでした。
僕の保険会社に電話して、事情を説明すると、それは相手に責任が
あるだろうということで、相手に非を認めてもらえるように、まずは
相手の保険会社と交渉しろと言うことでした。

ちなみに、保険会社との話し合いは、全て通訳を介して行うことが
出来ます。通訳を付けてくれと言うと、日本語の通訳にも電話が通じて
3者通話という形で、交渉が行われます。
おそらく、日本では定着していないシステムですが、これは外国人
居住者にとって、本当に助かるシステムでした。さっすが、多民族国家
アメリカだと思いました。

相手の保険会社からは、次の週の月曜日に電話がありました。
結構、気合いを入れて交渉にはのぞみました。その日は、事故の内容を
説明し、僕の言い分と向こうの言い分を確認しあって終わり。
次の日、再び電話がかかってきて、思っていたよりあっさりと向こうが
100%非を認めました。
僕としては、これでだいぶほっとしたんだ。

そこからの展開は早かったです。次の日、担当者が車の状況を把握しに
やってきて、その次の日には修理にかかる費用が算出されました。
その見積りが車自体の価値よりも高額だということで、保険会社からは
修理するつもりはないと言われました。
この車自体を査定し、その金額を支払うので、そのお金で修理するか
しないかは判断しろということでした。多分、これは日本と同じ。

僕は、少し車に愛着も感じていましたが、廃車にすることにしました。
事故の日から、約2週間レンタカーが支給されました。どうでもいいけど、
これはめちゃいい高級車やった。

事故後、少し脳がくらくらしてたので、病院にも一応行きました。
簡単な検査で、大丈夫!ってことやったんやけど、その後も1週間ほどは
頭痛は続きました。ほんま、大丈夫かいな??
ま、最近やっと頭痛もなくなりました。

そして、最後に車がレッカーされていきました。1年半しか乗って
なかったけど、いろんなとこに連れて行ってくれた車だし、
レッカーされていくのを目にするのは、少し辛かったです。
僕らのアメリカ生活を支えてくれました。今まで、ありがとう!!です。

----------

というような感じで、この件はひとまず一件落着。


昨日、学校からの帰り、大きな交通事故現場に出くわしました。
ボンネットが完全にひしゃげて、無惨な状態でした。さらに痛々
しかったのは、事故現場にチャイルドシートが転がっていたこと。
自分も事故をしたところなのもあって、やるせない、苦しい
気分になりました。
乗っていた方の無事を心から祈ります。

皆様も車の運転には、十分にお気をつけ下さい。

3/03/2009

少子化とは何か

この間、Yahoo!みんなの政治というページの中で
あなたがいま最も気になる政治テーマは?」という調査が
行われていた。
1位だったのが、景気/雇用対策(45%)。2位の社会保障制度改革が
16%だから、ダントツの1位だ。
今、どれだけ日本の景気が悪いのかということを思い知らされた。

でも、誤解を恐れずに言うならば、景気対策というのは政治に
あまり期待しないほうがいいのではないかと思っている。

あくまでもど素人の意見だが、経済はグローバル化され、一国の
政策では景気を左右させることは難しいのではないかというのが
1つ。もう1つは、政治が行う景気対策はそれほど効果があがらない
のではないかと言うこと。さらに言えば、その場しのぎ的な公共投資
など、最終的には未来の財政・経済に負担を与える結果になるのでは
という危惧さえある。

では、Yahooに戻って、僕は一体どのテーマが一番に関心あるかと
言うと、財政再建や政治とカネの問題なども捨てがたいが、今、
"少子化対策"なのではないかと考えている。

何故、少子化対策なのか?
子供の出生率は、まさにその時代のその国の成合を示す有力な指標の
1つなのではないだろうかと考えるからである。

シンプルに考えて、親は生まれてくる子供が幸せになれるという確信が
持てる時に、より多くの子を生むような気がする。

・ちゃんと雇用され、子供を育てるのに十分な収入を得られるかどうか
・自分の仕事と育児を両立出来るかどうか
・子供が大きくなる時の地球環境は大丈夫だろうか
・子供が知識も良識も十分に身に付けられる教育環境が整っているかどうか
・子供が生きることになる日本は、今よりも生きやすい世の中になっている
 だろうか
・年金など、子供世代に負担を与えないような制度が確立しているだろうか
・子供を育てる基盤としての家庭がしっかり保たれるだろうか
・ずっと子供の幸せな顔を見ていられるだろうか。。。

つまり少子化対策とは、ほとんど全ての政治課題・社会問題を包括した
政策になるのではないかというのが、僕の考えである。


次に、今の日本がどれだけ深刻な少子化状況にあるのかということを
少し整理してみたいと思う。

合計特殊出生率:1.34(2007)
合計特殊出生率とは、一人の女性が一生に産む子供の数を示す平均値で、
この数字が2.1程度であれば、その国の人口はほぼ一定に保たれると
考えられている。

日本の1.34という数字は、世界でも4、5番目に低い数字であり
(最も低いのは韓国)、このような数字でこれからも推移したと考える
と、約50年後には、日本の人口は9,000万人を下回ると予測されている。

人口が減少すること自体、それ程問題があるということではないかも
しれない。
日本のように、国土が狭く、資源が限られている国では、もしかすると
人口が少ない方が、一人当たりの豊かさは保たれるのかもしれない。

しかし、問題なのは、世界でもまれにみる急激な人口減少とそれに
伴う人口の高齢化ということである。
2055年日本の総人口は約9,000万人と予想され、その中でも高齢
(65歳以上)人口比率は約40%と予測されている。それに比べ、
年少人口(0-14歳)比が約8%。
つまり、労働人口(15-64)が全人口の半分しかいないといういびつな国
が出来上がるというわけだ。少子高齢化の問題は、よく年金問題などと
関連してマスコミの話題になると思うのだが、実はそれ以上に恐ろしい。
大袈裟に言えば、日本という国家そのものの危機なのだと思う。

さらに、この比率以上に負のインパクトを与えると考えられるのが、
労働人口の中でも若年層が非常に少なくなるということである。
ある学者によると、若年労働者はこのグローバル社会で競争に打ち勝つ
ためのなくてはならない不可欠な存在なのである。
新しいテクノロジーを取り入れることなどに長けた若年労働者が少ない
社会は、この競争に打ち勝てないと考えられている。

つまり。。。今、なんとかしないと、日本の未来はとんでもない。。。

では、こんな状況を打破できるような政策はあるのだろうか?
その答えはそれほど楽観的なものではないだろう。しかし、少しでも
このインパクトを和らげるような方策はあるのではないだろうか?


ヨーロッパの国々は、この出生率の低下という問題と70年以上も
向き合ってきた。そして、さまざまな政策を打ち出してきた。
その結果、フランスの合計特殊出生率は現在1.9前後で推移している。
スウェーデンやデンマークなど北欧の国々は、非常に深刻な
出生率低下を経験しながらも、それに真摯に立ち向かい、現在
では約1.8程度まで出生率をあげることに成功している。

そこに日本が学べるエッセンスが垣間見られるような気がする。

。。。ということで、今学期の1つの授業のテーマを少子化対策に
絞り、レポートを書き始めている。

また時間と情熱があれば、少子化対策についてこの続きを書ければ
いいなと思っている。

2/16/2009

Raspberry Dream

学校に行く途中、カーラジオから聞こえてきた曲の一節が、
昔聴いた曲とどこか似ているような気がして。。。
でも、それがなんだったのだろうかと思い出せずに。


そして、図書館で勉強している時にはっと思い出しました。
"Raspberry Dream"。。。だ。。。

家に帰ってくると、早速YoutubeでRebeccaと検索してみる。
なら、ありましたありました。
レベッカ、"Raspberry Dream"

"今夜も月が見てるわ~、。。。"
やべ~~っ!!レベッカ!

中学生の頃か??レベッカすごく好きでした。
いわゆるバンドブームってやつで、友達の間ではBOØWYがとても
人気あったんだけど、僕は女性ボーカルの方が断然好きでした。
中でも、きっと姉ちゃんの影響でRebeccaが好きだった!
Raspberry Dream、FriendsLonely Butterfly
あとMAYBE TOMORROWも好き。。。
やべ~、今でも十分かっこいいっ!


中2?3?の頃、友達とWalkmanを買いに日本橋に出かけました。

5個買うからと子供なりに交渉して手に入れた念願の最新Walkman。
真っ黒で、手元のリモコンで操作出来るやつ。

充電がなくなるまで、Rebecca、プリンセスプリンセス、渡辺美里、
ジッタリンジン、パーソンズなどを聴いていました。

きゃはは。。。パーソンズって。。。

パーソンズ聴いてみたい、聴いてみたい!!それでは、Youtubeで。
"Over the rainbow..."
あと、なんと言ってもDEAR FRIENDSですね。
このPV、時代を感じるな~。なんともバブルな感じが素敵!!

なんか今よりぎすぎすしてなくて、自由で、幸せな時代だったのかも
しれませんね。

うわ~っ、モウレツにカラオケ行きたなってきた。
日本帰ったら、パーソンズだ!!

2/06/2009

セカンド チャンス

今、大学の授業でリサーチプロジェクトを行っている。

今学期は公共分野におけるリサーチの手法について学んでおり、
実際に現実社会の課題を取り上げ、それに関するリサーチプロジェクト
を立ち上げることで、そのスキルを身につけようとするものだ。
アメリカの教育はとても実践的~!

ま、小難しいことはさておき、何についてリサーチしているかというと、
"社会人の再教育"について調べることにした。
(僕は学生の頃から、教育に関心があるので)

ちなみに、プロジェクトはグループ単位で行われ、僕のグループは4人だ。
もちろん、その中では僕が足を引っ張っていることは明らかなので、
グループに少しでも貢献出来るのであれば、パシリでもなんでもさせて
いただきますという姿勢で臨んでいる。


今日は、実際に"社会人教育"を提供しているカレッジにお邪魔して、
生徒の方たちへのインタビューを行った(社会科学的には、フォーカス
グループという手法なのだが、ま、インタビューみたいなもん)。

生徒の方たちは、ほんとうにさまざまな事情を抱えて、この教育を
受けに来ている。

今より給料のいい職業を見つけたい方もいれば、子育てが終わり
新たな道を見つけたいという方もいる。ドラッグ地獄から抜け出し、
なんとかまっとうな道を見つけようとする方、アフリカからの
移民で英語力を身につけようとしている方、それから、子供が
大きくなってきて、その子供に対して少しでも親としての尊厳を
保つために何十年か振りに勉強を始めた方もいる。

こちらの人は、それを包み隠さず話してくれる。僕はそれらの話を
なんて表現すべきなのだろうか?感動?感銘?共感?
とにかく心を動かされながら聞いていた。

。。。

アメリカには教育に関して、大きな問題がある。
1つは教育格差である。例えば、日本の東大のように、アメリカの
エリート校に入学出来る人間は、社会的にも金銭的にも恵まれた
家庭で育った子供たちだ。
そして、もう1つの問題が、アメリカの義務教育は、日本に比べ
ある意味でずさんなところがあるということだ。
アメリカの信条の1つが"自由"であり、"競争主義"なので、
ドロップアウトする学生をサポートして、無理やり教育をほどこす
というような意識が希薄であるように感じる。
そのため、十分な教育を受けないまま大人になり、社会的弱者と
なる人の数が、日本などに比べ圧倒的に多い。

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少し、話は脱線するが。。。
日本はさまざまな点で、アメリカを模倣してきたように思われる。
しかし(これは私見でしかないが)、日本がアメリカを絶対真似ては
いけないことは、行き過ぎた自由主義に陥ってはならないということだ。
行き過ぎた自由主義、行き過ぎた経済主義の行き着くところは、
とんでもない格差とあふれかえる貧困である。
今回の金融危機が、それらを考え直すきっかけになればいいと思う。
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ただ、教育に関してアメリカの方が優れているなあと思うところは、
日本に比べてまだやり直しがきく社会であるということだ。

アメリカ社会には、1度ボロボロになった人間に再度チャンスを与える
という懐の深さがある(もちろんその人が努力することが必須条件だが)。

私のクラスにも、やり直し教育から始め、その後大学を卒業し、大学院に
進んできたクラスメートが、把握しているだけでも2人いる。
ホームレスから脱却し再び歩き出した人が1人、アルコール中毒から
立ち直った人が1人。本当にさまざまなバッググラウンドを持った人
達が集まっている。

そして卒業後、彼らはNPO、企業、行政、起業などさまざまな分野で
活躍するのだろう。

過去はそれ程問題ではない。年齢もそれ程問題ではない。今、何が出来て
何をやりたいのかが、この国がチャンスをくれる条件となるのだ。
(それとは別に、人種差別という大きな問題もあるが。。。)

ひるがえって、日本。
日本は、本当にセカンドチャンスのない国だと感じる。学校を卒業して
就職した会社、もしくは職種を全うされる方がほとんどだろう。
最近、転職される方も増えてはきたが、転職できる方というのは
学歴や職歴など元々恵まれている人たちに偏っているように感じる。
そう1度その波に乗り遅れてしまえば、なかなか取り返すことが
容易ではない社会。。。

でも、それっておかしくない??
学校を卒業する時の考えなんて、それから変わるもんだろうし、
大人になってから、自分のやりたいことや勉強したいことが見えてくる
人だっているだろうし。ってか、そっちの方が人としてきっと自然だし。

前回のブログにも通ずるところであるが、人間はミスをする(あと、
タイミングを逃す)ものだという前提が考慮されていないように感じる。

例えば、アメリカに端を発した今回の金融危機。
日本に帰っていないので正しい判断ではないかもしれないが、ニュースや
友達の話を聞く限りでは、この震源地アメリカよりも、日本社会の方が
悲壮感に包み込まれているように感じる。

アメリカも、ほんととんでもないことになっていると思うのだが、
新大統領の就任もあり、「もう一度やり直そう」という人々の前向きな
思いが、強く感じられるような気がする。

それは、やり直しのきく社会ときかない社会の持つ思想や習性の違い
なのかもしれない。。。


この問題は、年功序列制度や教育制度など日本社会の基盤に関わる
問題なので、なかなか変えられないのかもしれないが、
ふと、安倍元首相が掲げていた「やり直しのきく社会」という目標が
思い出される。その意味・意義をもう一度考える必要なあるのではない
だろうかと、感じた一日であった。

おわっ、文章にしてみると予想以上に堅すぎたっ!
失礼しました。。。

2/04/2009

自販機の前で

学校に着くと、まず自販機によるのが日課だ。

病気にでもなろうものなら、ただでさえついていけてない授業に
さらについていけなくなること必至なので、風邪などは絶対に
ひかないように気をつけている。

なので、買うのはいつもビタミンたっぷりの100%ジュースだ。

今日も、お決まりのように自販機の前に立って、グレープジュース
のボタンを押した。

お釣りがチャリンチャリン。。。
あれ。。。またか。。。チャリンが1個足りない。

僕が入れたのは2ドル。で、ジュースが1ドル25セント。
であるからして、お釣りは25セントコインが3枚出てくるはずなのだ。

釣銭口に手を伸ばす。。。やっぱり50セントしかない。


アメリカの自動販売機では、こういうことが頻繁に起こる。
ある時は、ジュースが出てこなかったり。ある時はお金を入れても
そのお金を認識しなかったり。また、ある時は釣りとして、カナダの
コインが出てきたり。。。

多分、4回に1回か3回に1回かの割合で、なんらかの不具合が起こる。

こちらに来てすぐの頃は、なんじゃ!?と思ったりもしたものだが、
最近は、それに何とも思わなくなってきている。ってか、問題なく
出てきてくれた時には、今日は調子いいじゃん!!なんて、少しいい
気分に感じたりさえする。


買い物に出かけても同じようなことがよく起こる。
スーパーなどは、自動で釣銭が出てくる仕組みになっているので、
間違いはまず起こらないが、
ファーストフードがこれまた間違い発生の宝庫なのである。

ある時は釣銭が少ない。ある時は多い。ある時は、違うバーガー。
ある時はジュースのサイズが頼んだのよりも大きい。またある時は
キッズのおまけが2つ。。。とまあ、間違いの多いこと、多いこと。

僕の英語発音の悪さによるものもあると思うが、レシートにはちゃんと
頼んだとおりになっているのがほとんどなので、どんだけいい加減やねん!!
とつっこみたくなる。

最近は、そんな事にすっかり慣れてきたので、あまりに食べたいものと
違う時以外は、出てきたものをそのままいただくことにしている。

釣銭の違いにしても、来た頃は戸惑ったものだが、今は、
"こっちが損する事があれば、得する事もあるし、トータルでとんとん。
うまいことなってるわ"と考えるようになった。


思うのだが、
(アメリカは少しひどすぎるかもしれんが、)日本ももう少しいい加減で
いいんじゃないかなあと思う時がある。

確かに、日本の店はどこもサービス満点。少しでも間違えようものなら、
平謝り。電車はほぼ時刻どおりに到着する。
ってか、そうでないと客はキレる。

ある意味きっちりしていて素晴らしいとも思うが、ある意味窮屈な感じがする。


人間は間違いをおこす生き物だと思う。
もちろん、ミスをしないように注意することは大事だし、そうすべきことなの
かもしれないが、それでもミスをしてしまう時もある。

日本は、その1つの小さなミスでさえ、許しあうことの出来ない社会に
なってしまっているような気がする。
1つのミスだけで、店の評判が落ちてしまうことがあるが、それはそれ程
重大なことなのだろうか??

ミスを咎め合うことで、憎しみや恨みが生まれるような社会になっていない
だろうか?ミスするのが怖くて、新しいことにチャレンジ出来ない社会に
なってしまっていないだろうか。。。
だとすれば、日本は、行き過ぎたサービスの代わりに、社会として大切な
ものを失ってしまっているのではないだろうか?


な~んて、偉そうに言っているわけですが、私自身、日本ではそうした
間違いに厳しい人間であったように思う。
もう少し、いろんなことにゆとりを持って生きられれば、それはとても
素敵なことだなあと思う。

。。。

自販機の釣銭口から、2枚のコインを取り出してみる。
ちゃんとアメリカのコインだ。
ま、、、ヨシとするか。

そして、図書館に向かう。

1/08/2009

2009

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いします。

去年も同じこと書いたんだけど、こっちの年末年始は、
いまいちパッとしない。
休みになるのも元旦だけだし、なんて言うのかな。。。
その、新しい年が「来るぞ、来るぞ」感が全くないのである。

テレビを観ても、ニューヨークのNew yearイベントが放映
されてたりしていて、それはそれで盛り上がっているんだけど。。。
ニューヨークって僕の住んでいる地方より3時間時計が早いので、
こっちの12月31日午後9時に"Happy New Year!!"とか
なっちゃって、なんかもうぐだぐだなのです。


そんなことはさておき、今年の抱負を。。。

日本に帰る時に、英語も修論も頑張ったなって自分に
満足して帰りたいっ!

です。

そして、日本に帰ったら、英語を継続して勉強したいと思います。


そうです。
あと、半年ほどで日本に帰ります。

どうだろう?日本に帰りたいかなあ??

今の気持ちは帰りたい気持ちとまだこっちに残りたい気持ちと半々
って感じです。
いや、6:4でこっちにまだいたいって気持ちが強いですかね。

こっちに残りたい理由は、ひとえに"英語"です。
まだまだ僕の英語は使い物にならないので、まだしばらくこちらに
いて、今度は英語を集中的に勉強できればいいなあと思います。

一方、日本に帰りたい理由は。。。
こちらは、めちゃめちゃありますよ!!

まず、いろんな人に会いたいです。
友達とか、職場の先輩とか同僚とか、家族とか。
あと、おばあちゃんがいい歳なので、元気なうちに日本帰りたい
というのもありますね。

食べ物は。。。
結構ね、食ってんですよね、日本食。
味噌など日本の食材も手に入るし、奥さんが日本と変わらない食事
を作ってくれるので、あんまり食に関しては、これ食いたいっ!!
ってのがない。
あとね、こっちの寿司は美味いんすよ。ネタが新鮮なのと大きいので、
僕は日本にいた時よりも美味い寿司を食えてるような気がする。

あっ!あったあった!
551の豚マンが食べたいっす。同時にあのデカい方のシュウマイも。
あと、急に町の肉屋が店頭販売してるようなミンチカツも食いたなってきた。
はい。無類のケンタッキー好きとともに挽き肉好きでもあります。

あとはね。。。
温泉にゆっくり浸かりたいっ!!です。つかしん行きたいな。

いや、そんな贅沢は申しません。湯船でいいんです。
湯船にちょっと熱めのお湯を張って、冷え切ったつま先から恐る恐る
入ってみたいです。
こっちでも浴槽にお湯は張ることが出来て、奥さんや子供はたまに
そうして浸かってるみたいですが。。。
僕は、そんな中途半端な欲求の満たし方に納得がいかなくて、
こちらに来てからは一切湯船なるものに浸かってございません。
はあ。。。日本のお風呂~~

そのくらいかな?今のところ思いつくのは。

とにかく、あと半年で日本に帰ります。
帰国まで自分のベストを尽くして頑張りたいと思いまーす。


では、皆様にとって素敵な一年になりますように。。。